林檎のにおいのする人

母の部屋を開けたら6畳の空間にほんのりと甘いにおいがした。林檎ふたつ。よく眠れるからと、枕元にりんごの指定席がしつらえてある。流石に夏は空席だったけど涼しくなって席がうまった。そのにおいの心地よさに、高校時代の記憶が目を覚ました。
オーストラリアから来ていた交換留学生のミスG。彼女はいつも林檎を食べていた。いつも林檎を持っていた。だから彼女は林檎の匂いがするんだ。そう思って、私もいっぱい林檎を食べてみたけれど。林檎のにおいのする人になれるほどは食べられなかった。

大学生になって初めて松本に行ったとき、松本電鉄上高地線の車窓から初めて林檎の樹を見た。実のキュートな紅さ。たわわに下がる実を包む豊かな緑の葉。その林檎の樹がある風景に心を奪われてしまった。それが恋の始まりだった。信州という土地に恋をしてしまったんだ。それから長いこと信州にお嫁に行きたいと、ひそかに思い続けていた。残念ながら恋は叶わず、林檎は失恋の甘酸っぱい味がする果実となった。
(もし林檎の木に出会ったのが青森だったら、青森に恋をしてしまったかどうかはわからないんだけど。ミスGがミスターGだったらきっと林檎のにおいのするその男の子に恋をしてしまったに違いない。)

シナモンの効いた林檎のジャムに林檎のタルト。アップルパイに焼き林檎。これらは大好きでいっぱいいっぱい食べられるけれど、これだけじゃあ林檎の匂いのする人にはなれそうにないなあ。
林檎の木から紅い実をもいで毎日食べる。来る日も来る日も林檎を食べる。においに酔いそうなくらいカゴにはたくさん林檎を盛っておく。時には甘いお菓子にして。ジャムもたっぷり作って。信州でそんな暮らしをしてみたい。そして林檎のにおいのする人になれたら。。。なんて、見果てぬ夢だけど、あれこれ想像するだけで十分幸せなひとときを過ごせる。今日はなんだか、あの紅い果実を買いに行きたいなあ。

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