あー、今日もあの子が居る。夫を待ってるんだな。
工房の扉の前に座っている猫は、私を見ると、ノテノテノテっと歩いてモミの木の下に座り込む。「おはよう」と私は挨拶をして工房の扉を開ける。猫は木陰に座ったままだ。
夫は、生まれた時から15年前まで、ずーっと猫と暮らしていた。50年間。
夫は、野良猫でも、飼い猫でも、出会った猫という猫には、必ず何らかのアクションを起こす。口を鳴らして呼んでみたり、話しかけたり、猫の目線まで腰を落として見つめたり。
(世界ねこ歩きの番組に登場される岩合光昭さんとほぼ同じような感じです)
そんな夫の楽しみは猫と遊ぶこと。諸事情から猫を飼わなくなって以来、工房の周りにやって来るビジター猫を相手に遊んでいる。そして、その猫たちを餌無しで手なずけることに挑戦する。
これにどういう喜びがあるのか、私にはさっぱりわからないのだけれど。
万人に優しく、万生物にすべからく、やさしい気持ちで接する夫だが、それでも一応は好みがあるようで、じっくりとお付き合いする猫のタイプは決まっている。綺麗な猫、可愛い猫、そして、ユニークな猫。意地悪そうな猫は相手にしない。
階下の夫の作業音がピタリと止まり、シーンと静まり返る時は、決まって猫と対峙している。
しゃがみこんで猫を見ている。猫は夫から離れたところで、寝転がったり、足を舐めたりしているだけだ。夫は音をたてずにじーっと見ている。大抵は、私の気配を察知すると猫はすーっといなくなる。
まあこんな日々の繰り返しなのだけれど、猫と夫の距離がだんだん近づいていったある日、猫が頭を撫でさせた。そのすきにその子を抱きかかえた夫。すぐさま、猫はいやいやをして夫の腕からするりと抜けだした。
そうそう簡単には手に落ちないんだなあと思った翌日。なんと、夫はノミ取りぐしでその猫の毛並みを揃えていた。猫は気持ち良さそうに夫の足元に寝そべったままだ。
とうとう、夫の手に落ちてしまったみたいだ。
抱かれご心地が良かったのか?逃げ出したくせに。。。私には猫の気持ちなんかちっともわからない。
猫と仲良くなるには、いくつか条件があるように思う。
猫が好きなこと。猫が喜ぶことを知っている。怒ったり危害を加えたりしない。辛抱強く、しかも、のんびりと待つことができる。猫の様子を注意深く観察できる。
そして、ひっそりとしていられること。
私は猫を手なずけることに全く興味はないけれど、そうしようと思ってもきっと失敗に終わるに違いない。のんびりとは待てないし、ひっそりともしてられない。
工房入り口に座っている、すました顔の招き猫。今日もあの子は夫を待っている。